越智直正の波乱万丈な経歴が凄い!超ブラック労働者からの逆転成功者だった…

越智直正 画像

東証2部上場「タビオ」の創業者であり、「靴下の神様」とも呼ばれていることで有名だった越智直正さん。

2022年1月6日には、突然の交通事故で亡くなられたといった悲しいニュースで話題になりましたね。

越智直正さんは、生前にテレビ番組「激レアさんを連れてきた。」にも出演され、波乱万丈な人生を送り、その後は創業者として大成功を収めたエピソードも語られています。

今回は「タビオ」の創業者・越智直正さんの波乱万丈な経歴について掘り下げていきたいと思います。

 

越智直正の波乱万丈な経歴が凄い!

越智直正の経歴・プロフィール

「タビオ」の創業者・越智直正さんの経歴やプロフィールについて調べてみたところ、なかなか波乱万丈な人生を送られていることが分かりました。

越智直正さんの経歴は以下のようなものですが、人生のスタートは決して順風満帆ではなかったことが示されていますね。

1939年  愛媛県周布村(現・西条市)生まれ 11人兄弟の末っ子として生まれる

少年時代   3度に渡って火事を起こしてしまう

中学卒業後  大阪の靴下問屋に丁稚奉公(年少のうちから下働きとして勤めはじめること)として働き始める

1968年  独立し、、ダンソックス(現タビオ)を創業

1992年  協力工場を束ね、協同組合靴下屋共栄会を設立

2008年  会長を務める

引用:「靴下バカ一代 奇天烈経営者の人生訓」

越智直正の生い立ちが壮絶的だった…

越智直正さんの生い立ちについて調べてみたところ、少年時代に数々の事件を起こしており、なかなか壮絶的な少年時代を過ごされていたことが分かりました。

なぜならば、越智直正さんは少年時代に3度に渡って「火事」を起こしてしまったことをテレビ番組「激レアさんを連れてきた。」で紹介されていたからです。

その少年時代に起こした3度の火事の内容がこちらになります。

(1)村の土手掃除…土手の草を一掃して燃やそうとしたところ、火加減が分からず、大火事になるところだった

(2)おやつ事件…お昼のおやつタイムに捕獲したスズメを焼いて食べようとしていた。近所のワラぐろ(藁の束を積み上げたもの)に火が燃え移り、大火事になるところだった

(3)火事を自分のせいにされてしまう…過去に2度も火事を起こしてしまった越智直正少年は、おばあちゃんが起こした火事を自分のせいにされてしまいます。

蜂の子を食べようと、蜂の巣を捕獲を試みた越智直正少年。

それを見たおばあちゃんは、危険を感じたため、藁を燃やしてその煙で蜂を撃退しようと提案します。

しかし、おばあちゃんが蜂の巣駆除のために藁を燃やしてしまった結果、牛小屋が全焼してしまう結果に…

この事件がきっかけに、越智直正さんは父親に大激怒されてしまったようです。

人には被害がなかったようですが、なかなかのわんぱくっぷりですよね。

超ブラック労働者からの逆転成功者だった…

中学卒業後は超ブラック労働者

越智直正さんは中学卒業後は、大阪の靴下問屋に丁稚奉公(でっちぼうこう)として働き始めます。

しかし、その就職先が現在で言う「超ブラック企業」だったようです。

その理由としては、「長時間労働で低賃金」「過酷な職場環境にあった」「酷いパワハラを受けていた」などがあります。

長時間労働で低賃金…朝06:00~深夜02:00の20時間労働であり、月収は食事・住居付きで1500円(現在の価値で言うと、9000円)だったそうです。

過酷な職場環境にあった…職場の寮の居住地のスペースは1人一畳程度。仕事中には食事は立ってしなければいけない。更に1日の平均睡眠時間は4時間程度

酷いパワハラを受けていた…職場では最年少だったこともあり、イジメの標的に…。「精神注入棒」と書かれた棒で先輩から暴力を受けていた。

現在では絶対ありえないような超ブラックな職場環境で働かされていた越智直正さんは、たしかに可哀想だとも言えます。

しかし、そんな環境の中でも修行に耐え抜いた越智直正さんの根性はかなりのものですよね。

靴下愛で人生逆転

結果として、13年間もの期間に渡って丁稚奉公として過酷な環境に耐え抜いた越智直正さん。

しかし、そういった人生の中でも「靴下問屋」の弟子として、靴下を愛することに努めたそうです。

具体的には、「見るもの全てを靴下に変換する」「靴下を履く・手や頬で触る・全身を使って肌触りを確認・噛むなどをして品質確認」などを実践したようです。

丁稚奉公を卒業し、28歳で靴下屋「ダン」(タビオの前身の店舗)を設立します。

そして、品質へのこだわりが並大抵ではなかった越智直正さんは、当時は注目されてこなかった婦人物靴下をトップブランドへと成長させることに成功させたのでした。

更に、靴下屋「タビオ」は海外に店舗を構えるまでに発展し、越智直正さんは「靴下の神様」と呼ばれるようになります。

今回の記事のまとめ

今回は「タビオ」の創業者・越智直正さんの波乱万丈な経歴について詳しく調査していきました。

現在の社会ではありえないような過酷な環境で修行に耐え、靴下への愛着を深めることで、見事に経営者として人生逆転を果たしました。

色々と苦労のある人生だったとは思いますが、越智直正さんが存在しなければ、これほどまでに良い品質の靴下は生産されなかったと思います。

この度は交通事故で、越智直正さんがお亡くなりになられたことを心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA